nyoron0128's blog

がうがう

宝塚歌劇 ベルサイユのばら -オスカル編-

見てきました!
女性の憧れの的オスカルから、モテる秘訣を学ぶために。

何年か前から宝塚観劇に興味はあったが、せっかく観るなら一番有名なベルばらだろうという思い込みとベルばら公演の頻度の低さから、今回やっと夢叶い初宝塚観劇となった。

チケット取るのも一苦労で一般前売りが始まる4/5の10時前からパソコン前に張り付いてチケット予約サイトクリック連打してた。一般予約開始の前にすでに、SS席とS席は"会"の人たちで売切れ、A席とB席は「のこりわずか」って表示されてた。
最初はA席狙いで連打してたけど購入ボタン押すたびに「すでに売切れています」って表示されてたからミリ秒単位で取り合いになってたんだと思う。これはやばいと思ってB席狙いでボタン連打してたら5回ぐらい売切れ表示の後、なんとか買えた。

f:id:nyoron0128:20140511013919g:plain

赤い点の位置だった。図ではだいぶ後ろっぽいけど、劇場の席は結構急傾斜になっててステージへの直線距離はけっこう近かった。しかも正面だったからとても見やすかった。
席確保できればクレカ番号とかはのんびり入力できるシステムだったから一通り入力して、気が付けばまだ10時3分ぐらいだったけどもう全席売切れ。5/2~6/2の公演分全てが数分で売切れてた、A席は30秒ぐらいで売切れてたんだと思う。B席も1分ぐらいで売切れかな。やっぱり宝塚のベルばらはチケットの取り合いから凄かった。
数分間のすごいトラフィックを整合性保って捌くのに裏でどんなシステム動いているのか気になった。意外と、セッションIDだけちゃんとしてれば普通に捌ける量なのかもかも。

39年間でベルばらが公演されていた機会は1974-1976年、1989-1991年、2001年、2006年、2013年の5回のみである。よって宝塚歌劇団がベルばらを上演している機会に遭遇するのは7.8年に1回である。宝塚歌劇団のベルばらを観劇するのは五輪、サッカーW杯、諏訪大社御柱祭の観賞よりも希少な体験と言える。[要出典]
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%A6%E3%81%AE%E3%81%B0%E3%82%89_(%E5%AE%9D%E5%A1%9A%E6%AD%8C%E5%8A%87)

らしい。[要出典]


席を確保してからは、amazonでベルばら完全版を買ってストーリーの予習した。あと、その時代背景、フランス革命とかもろもろの史実と、他人のブログとかで過去公演分の宝塚ベルばらの歴史の予習もして完璧な状態で当日に挑んだ。オスカルの一生を2時間半ぐらいに収めるのはとても無理なのでだいぶ端折られてたから、予習しておいて本当に良かったと思う。

当日は朝、早めに家出てヨドバシカメラでオペラグラス買って準備万端で劇場に向かった。11時ぐらいについたので劇場近くをお散歩してた。劇場の回りでは出待ちか入り待ちか、ただの待ち合わせなのか、マダムがたくさんいた。同じ色柄のスカーフ巻いてたのはたぶん会の人なんだろうなと思う。よく写真とかで見る宝塚大橋渡ったり、適当な店でお昼ご飯食べたりと時間をつぶして、開演1時間前ぐらいに劇場入りした。

劇場内にはマダムか、たぶん女子高の修学旅行のマドモワゼルしかいなくてちょっと恥ずかしかった。若い男性はまったくいなくて、夫婦で来てる(連れてこられてる?)壮年の男性が数人って感じだった。
劇場内のお土産屋さんとか衣装の展示とか適当に見て時間をつぶして開場を待った。
開場して改札入るとパンフレット売ってたので、それ買って自席で見て開演を待ってた。パンフレットにはフルカラー見開きのオスカルとかアンドレの肖像や各場の出演者や概要が時系列順に一覧になってたり、出演者のこの興行にかける熱い思いみたいなインタビューが特集されてた。

開演し毎度おなじみ(らしい)小公子の歌と踊りから始まり、幕が上がると漫画版ベルばらのオスカルの一枚絵がでかでかと描いてあった。その幕も、間を開けずに上がりイントロの開始。
「我が名はオスカル」を歌いながらオスカルの登場。フランスっぽい軍服を着て大階段を下りる姿は本当にかっこよかった。漫画で予習したばかりの僕はもうこの時点でもうトリハダ立ってた。

劇の始まりはオスカル生誕から。全編を通して100周年を機に新しい要素を取り入れているらしいが、この生誕シーンも付け加えられたシーンの一つらしい。序盤は、オスカルの父ジャルジェ将軍が神に語りかける形でストーリーテリングされていった。

ジャルジェ将軍が、男が生まれなくて悩むシーンで、5人も姉妹がいればもう十分、次こそは跡継ぎの男の子が欲しい!娘はどれだけ可愛がって育てても嫁に行ったらそれっきりさ。なんて言う父に対し娘から「娘は嫁に行ってもしょっちゅう帰ってくるけど、男は嫁にべったりで親の事なんか忘れちゃうわよ」みたいな掛け合いでけっこうでかい笑いが起こってたのがおもしろかった。たぶんメインの客層がマダムだったからだと思う。

序盤はけっこう早いペースでストーリーが進んでいった。少年オスカルが一個小隊を賭け父と勝負するところからマリーアントワネットお輿入れの護衛をして、いろいろ実績を上げて近衛隊隊長となって、衛兵隊へ転属を申し入れ衛兵隊員の心を開かせるところまでが30分ぐらいで演じきられてた。オスカル編ということでマリーアントワネットへスポットライトが当たらないのはしょうがないとしても、オスカルとアントワネットがどれほどの信頼関係を築いてきたのかを演じないと、終盤のオスカルの、王室に反旗を翻すことの苦悩がわかり難いのではないかと思った。

衛兵隊を御すシーンも少し簡潔になってて、アランとオスカルで一騎打ちをして、アランが負けたがお互いに腕を認め合って心を開く、みたいな流れだった。他の班員も、アランが認めるならしゃーないなー、って感じでオスカルに付くことを決めてた。ディアンヌちゃん・・・

場面が変わって、ジャルジュ家5姉妹とロザリーの会話でフランスの情勢がだいぶやばくなってきて今にも革命が始まりそうだと流れを説明するんだけどそれにしてもジャルジュ家の人たち出すぎじゃない?この辺の調整で、黒い騎士の流れからロザリーの簡単な身の上話と、アンドレの目の話も盛り込める気がする。会議場前のオスカルとベルナールとの熱い掛け合いもあるのだから盛り込んで無駄はないはず。素人にはわからない構成の妙があるのだろうか。

三部会会議場前のシーンが終わると、ジャルジュ家でオスカルが上司に逆らったことを父から叱責されるシーンがある。その後は、パリ進駐により自身の死期を悟ったオスカルが自分の肖像画を描かせ、アンドレがペガサスに乗ったオスカルの雄々しい姿を思い描くシーン。事前情報によるとオスカルがマジで飛ぶらしいので期待してた。


http://www.iza.ne.jp/kiji/entertainments/news/140502/ent14050220280021-n1.html

セイントセイヤみたいな黄金の鎧で「我が名はオスカル」を歌いながらペガサスに乗ってでてきた。ペガサスの羽もグイグイ動いてて体の細部までけっこう作りこまれてた。いままでのペガサスはちょっとチープでかわいらしい見た目だったからペガ子とか呼ばれてたらしいけど、今回のでかっこよさを強く印象付けられたと思う。
幕が開いた瞬間はさすがに客席も沸いてた。しかも、銀橋超えてけっこう手前の方までせり出して来て上下左右に舞うもんだから歓声もすごくて引っ込んだ後も拍手喝采だった。
劇中は写真撮れないから広報用の画像探したけど、上のやつしかなかった。一番の見せ場だし、高解像度なペガサス騎乗写真は公演終了後とかに公開されたりするんだろうか。


ここまでが第一幕。少し休憩をはさんで第二幕の始まり。序盤はパリ進駐が決定し揺れるオスカルの心境がメインだった。アンドレからの愛の告白やジェローデルからの求婚もこの辺。この時期からアンドレはほとんど目が見えないけど見えているフリを続けている状態なんだけど、その演技がすごくうまかったと思う。さりげなく壁や周りを手で探りながら歩く演技とかね。

また今回、衛兵隊に転属して隊員の心を開かせるまでが結構省略されてたから、衛兵隊アランの妹ディアンヌがいないことになってた。彼女が出てこないと、平民が困窮していることへオスカルが気付くきっかけと、オスカル自身男として生きるか女として生きるか、また女に生まれた自分の幸せとはなにかを悩みだすきっかけが無いのではと思った。この悩みがないと、パリ進駐前夜に死期を悟ったオスカルが、アンドレの妻になる決意をし、愛を受け入れる決断の強さが表現しきれないのでは。
と、思ったりもしたけどもやはり有名な「今宵一夜」のシーンは感動的で美しかった。宝塚で演じられるラインぎりぎりのラブシーン。みんなオペラグラス構えて見てるもんだから(もちろん自分も)ちょっと人の情事を覗いてるような変な感じがしておもしろかった。

第二幕後半はパリ進駐と、平民とともに戦うか、王室側に付き市民と戦うのか、オスカル葛藤のシーン。ここも、衛兵隊員の心を開くシーンが簡略化された影響で、貴族と平民の深い溝を表現しきれず、物語終盤の、王室か平民どちら側について戦うかという隊員の苦悩と、平民と貴族どっちつかずなアンドレとアランの和解と絆の表現が軽くなってしまうのではないかと思った。

各々、迷いを持ちながらも進軍するが、ついに会議場前で市民とオスカル率いる衛兵隊が衝突する。運悪くここで出会った市民達は衛兵隊員の家族だった。ついに王室か市民どちらにつくのか決断を迫られる隊員たちだったが、ここでオスカルの鶴の一声。かっこいい前口上があり王室、貴族との決別。市民と衛兵隊全員が混ざってのアンサンブルが入る。けっこうな人数なのにばっちり合ってて見てて気持ちのいいシーンだった。

ところで、この革命が始まるシーンで市民の中にフランス国旗を持つ人がいたんだけど、けっこう地面にこすれてたりした。自由平等友愛の象徴である国旗をそんな扱いでいいの、と思った。旗の扱いは国際慣習や法で決まってた気がするんだけど。当時とは価値観が違うのかもかも。

あと、こういう舞台で見るとやっぱりマントってかっこいいと思う。ファンタジーもので装備品としてマントがよく出てくるけど、防御力も心許ないしつけてる意味あんまりよくわからんかった、今までは。実際に軍服に合わせたマントと、扱い慣れてる演者の動きと合わさるとめちゃくちゃかっこよかった。いつかマントの似合う男になりたいと思った。


市民と衛兵隊が組んでバスティーユ牢獄を攻めるシーンでは、とうとうアンドレが被弾する。アランとアンドレと協力して戦うシーンやオスカルをかばって撃たれるシーンとかも無しに結構あっさり撃たれちゃった。しかも、これでもかと何十発も撃たれてるのに「心の人オスカル」を口ずさんでから、オスカルに生きろと熱く語って死んでいった。すごい体力だと思った、vit極振りtankかな。

アンドレの死を悲しむ暇もなく進軍を続けるオスカルだけど、タイムテーブルの都合上すぐに撃たれちゃう。撃たれた瞬間の演技はなかなか凝ってた。言葉にするのは難しいけど、オスカルが十字架に吊るされたようなポーズして照明も十字になってて「死んだ」ということが記号的に表現されてた。オスカルが崩れ落ちると同時にバスティーユに白旗が上がる。たぶん背景のバスティーユ牢獄のセットに白旗が上がってたんだろうけど、僕のいた席は高すぎて霞幕に隠れて見えなかった。

次の場はオスカルの死の世界のシーン。たくさんの天使に囲まれて歌ってた。予習ではアンドレが迎えに来て二人で「愛あればこそ」を歌うはずだったんだけど、これも100周年のやつでちょっと変わってたのかな。時代に合わせてオスカルをより強い女性として表現してる、みたいな。結局フィナーレまでアンドレは出てこなかった。

フィナーレは歌と踊り。たぶん出演者が全員出てるんだと思うけど華やかで見応えあった。フィナーレ終盤、グランドフィナーレ?ではオスカルの姿のまま男服着てタンゴとか踊ったり、青白赤のフランス国旗のトリコロールの衣装着た3人で踊ったりしてた。燕尾服着た男役のアンサンブルもすげーかっこよかった。

娘役の人たちの衣装もかわいくてパニエでふくらんだでかいスカートが歩調に合わせて左右にフワフワ揺れるのがかわいかった。大勢でなおかつ揃ってたから、なおさらかな。演者が着慣れてて歩き方を知ってるのもあるのかも。今回、初めて実物のロココ調?のドレス見たけど、当時の男たちもあれに見とれるのもまぁわかる気がする。

最後に出演者が順に大階段から降りてきて銀橋の方までびっしり並んで、礼しておしまい。幕が下りて劇場内が明るくなるとみんなそそくさと出口向かってた。けっこうあっさり終わるんだなーってちょっとおもしろかった。

フィナーレだけでもチケット代の元取れるぐらい素晴らしかった。ベルばら抜きにしても宝塚の熱狂的な信者はこれが好きなんだろうなって、ちょっとわかったような気がした。もう一度見たいと思った時のためにTCAオンラインショップにて2014年7月19日発売の公演DVD買います。
(音注意)http://www.tca-pictures.net/shop/press/140523_versailles.html


全体を振り返って思うけど、オスカルは女性と男性両方の生き方を経験できていいなと思った。しかもどちらの性としても平均的な人以上に広い世界を見れてた。男性的な生き方としては准将という地位まで登りつめ、国に逆らう立場になってもついてくる部下も多く、信頼されていた。女性的な生き方としては、アランやジェローデル、その他多くの男と、さらには女からも愛されて、その中でもアンドレに一途に愛され小さい時から死ぬ直前まで行動を共にし神前式ながらも生きてるうちに結婚できて幸せだったと思う。男女両方の人生を生きるが故の悩みも多く、母からもそれを心配されていたが、最後まで自分で正しいと思う道を選び続けたのは強い人間だなと思った。

池田理代子原作のコミックがちょうど、日本における女性の社会進出の時期と重なり、女子差別撤廃条約とか男女雇用機会均等法の施行ともタイミングががっちり合ったのも、強い女性としてのオスカルへ、爆発的にフォロワーが増えた背景にあるのかなと思った。

劇中で言ってた、貴族や平民関係なしに、フランスの素晴らしい未来のために、フランス人として死ぬ、って決意の言葉はすごくかっこよかったし、男女、貴族平民どちらとして生きるか悩み続けたオスカルが言ってこその言葉だと思った。
これ、記憶が曖昧なんだけど劇中で言ってなかったかもしれない。アニメ版かコミック版でのセリフだったかも・・・

そんな曖昧な記憶の補完もこれ一つで完璧。公演の予習にも最適なベルサイユのばら完全版はこちら。今ならオリジナルしおりも付くよ。

ベルサイユのばら 全5巻セット (集英社文庫(コミック版))

ベルサイユのばら 全5巻セット (集英社文庫(コミック版))

さらに、来たる8月25日、ベルサイユのばら11巻が40年ぶりに発売されます。わたくしもちろん買います。さらにマーガレットコミックス版ベルサイユのばら全10巻も復刻します。この機会にみなさんもぜひぜひ。
http://margaret.shueisha.co.jp/news/index.html#news14


さて、主人公オスカルへスポットが当たりがちだけど、アンドレが全体的に影薄かったのはやっぱりそういう演出だったのだろうか。子どもの頃からジャルジェ将軍に、オスカルの影として生きろと言われ続けたアンドレ。身分が平民であるアンドレは従うしかないんだけど、アンドレもオスカルへの友情か愛情か(当時は)よくわからない感情からオスカルを慕っていて、苦ではなかったみたいだけど、やっぱりいい年になると悩んじゃうわけなんだよね。本当にこれでいいのか、なんてね。死を覚悟したパリ進駐前夜にやっとアンドレの気持ちも通じるんだけど、ここでアンドレが報われていなかったら、本当に可哀想なだけの男になっちゃうところだった。オスカルも子供のころから支え続けてくれたアンドレに気づいて本当に良かったと思う。幼少時代にすでにオスカルの弱さを見抜いた父ジャルジェ将軍の、アンドレをサポートに付ける判断は本当にナイスだった。オスカルにとっても死ぬ直前まで心の支えになったアンドレは本当にいい人生を歩んだなと思った。

あと、劇の内容ではないんだけど、舞台の仕組みで感心したのがセリの仕組み。台の外側四隅にLEDっぽいのがついてて、下がる準備完了時に緑に光ってて演者が位置を見つけやすいようになってた。また、すでに降りて床が無い時は赤に光ってた。僕は2階席の高いところからだったから見えたんだろうけどたぶんステージに立ってる人に一番見やすい指向性になっているんだと思う。序盤のロザリー登場シーンでアンドレが舞台ど真ん中のセリで降りてはけた後、ロザリーが大階段からまっすぐセリの上を通るコースで歩くとき、いつ赤ランプが消えるのかちょっとドキドキして見てた。

帰りにお土産屋さんでベルばら饅頭、苺味の餡がバラ型に成型されてるやつとか買って帰宅。往路は阪急宝塚線だったけど、復路は阪急神戸線、小説阪急電車を思い出しながらの帰宅。

阪急電車 (幻冬舎文庫)

阪急電車 (幻冬舎文庫)

公演だけじゃなくて原作のベルサイユのばらもめちゃくちゃおもしろくて、コミックも一瞬で全部読んで3週ぐらいしちゃった。個人的な見所はマリーアントワネットのプライドと終盤の国王ルイ16世のフランス国外脱出シーン。あと、2巻の巻末に寄せた内館牧子氏のベルばら小話みたいなのがなかなかおもしろかった。なんかちょっと変な人だけどいい文章書くなーと思った。

アントワネットのプライドは誇り高すぎて、逆にかっこよかった。当のフランス国民からしたら我慢ならないんだろうけど、生まれながらにして女王気質な性格に傾国の美貌を持ち合わせてるわけだからキャラクターが際立っててコミックで見る分にはすごい魅力的だった。違う意味で国を傾けちゃったけども。

終盤のフランス国外脱出シーンで失敗し捕まった時にどんなひどい扱いを受けても、平民に見せる涙は無しと気丈にふるまう姿はかっこよかった。あと、断頭台までの振る舞いもかっこよかった。最後まで女王としての誇り高い死に様だった。
今までの断片的な情報では、困窮した民衆が宮殿に攻めてきたときも、パンが無ければケーキを食べればいいジャン、なんて言っちゃうゴキゲンなお姫様って感じだったけど、ベルばらコミックで生まれてから死ぬまでを知ると全然印象が違ってて、この人はこの人ですごく魅力的な人だなと思った。っていっても池田理代子の考えるマリー・アントワネット像なんだけどね。


初めての宝塚で、ベルばらというビッグタイトルの観劇。めったに見ることができない貴重な体験ができて本当に良かったと思う。これを機に宝塚の他の公演も見てみようと思った。今回は、すごい羽つけて大階段を下りるやつ無かったし、それも見ないとね。

評点は・・・







2000点でーーーす